演出・ズェピア・エルトナム・オベローン氏へのインタビュー


―――実に1年ぶりの本公演ですね。

(ズェピア)はい。今回の脚本は完全オリジナルではなく、ピーター・シェーファーによる戯曲『エクウス(馬)』を下敷きに、当カンパニー流の解釈を入れた翻案・エクウスをお送りします。
1年前、黒レン・白レンを主役に据えたミュージカル・CATSを終わらせてから思ったことは、CATSで楽しい賑やかなものが出来たので、次は重厚なストーリーものをやりたいということでした。しかも、前回の舞台が若い子を中心に据えたパワーがあったので、それも継続したままでいきたいなと。


若い役者と重厚な物語という中々両立できないテーマのせいで脚本もキャストも随分悩んだんですが、ふと見回してみたら気付いたんですよ。「あ、そうだウチには七夜君がいるじゃないか」って。
次の舞台は彼を主役にしようと決めてからは早かったです。
エクウス。6頭の馬の目をキリで潰した17歳の少年、彼の中で畏敬・信仰・恐怖を象徴し無言で責める『馬』、彼の内面の闇を見通そうとする精神科医。中心に据える役者とテーマがトントンで決まりました。

―――17歳といえば主演の七夜さんも。

(ズェピア)ええ、17なんですよね。なのでもう彼が17のうちに演っちゃうか、と。
本来『エクウス』は現代社会の歪みを描く小劇場ストレートプレイ向きの劇ですが、これを大カンパニーでエンターテイメントも交えて派手にやってみようという試みです。現代を古代に変えて、家庭と病院だけの規模をムラやクニ単位に引き上げて、友人も群衆も敵も、人間関係を増やして。
そうやってみると、『馬の目を潰す事件』によって現代では明るみに出た少年の妄執って、古代では別に今と同じ法があるわけでもないし罪にならないし放置され続けてより大きくなってしまうんじゃないかと思ったんです。それをとことん突き詰めて描いてみようと。

また、エクウスでは少年を責める架空の存在は『馬』でしたが、当カンパニー版では世界観に合わせて『鬼』としています。暗闇から来る何か正体の分からないもの、隠(おぬ)ですね。馬のままだとどうしても古代だと馴染みのある日常のものになってしまうので…恐怖より親しみが勝っちゃうかなと。

―――『馬』の部分を変えることで翻案元から一番大きく変わった部分は何でしょうか?

(ズェピア)そうですね、『鬼』も基本的な部分は翻案元から変わってはいません。
エクウスでの『馬』は、無言だからこそ怖かったんですよね。言葉が通じない、表情も分からない、意志の表現はただ蹄の振動だけで。そこの部分は変えたくなかったので、『鬼』の役者さんには一貫して面を被っていてもらいます。喋らず、言葉も通じず、けれど力強いというのはエクウスの『馬』のままですね。こちらは特に異質さを出したかったので、現代劇の役者さんではなく能楽を中心にご活躍されている軋間さんに客演をお願いしました。現代劇の中で、ぽつりとそこだけ能の動きっていう。 逆に、人間の姿かたちだから表現できることもあると思うので、差異としてはそこを楽しんで頂きたいですね。

それ以外だと…あ、タイトルに困りましたね。『エクウス(馬)』がシンプルなタイトルだったので、最初はもうこちらも『鬼』をエクウスと同じ言語に直して、それだけのタイトルにしてしまおうと思っていたんですよ。それが、調べてみたらエクウスって学名だったんです。そっかー、学名かー鬼に学名はないなー、と(笑)

困ったことといえばそれくらいでしょうか。現在、面白いくらいにトラブルもなく順調に出来つつあります。完成すれば過去最高傑作になるのではないかと自負していますので、劇場で御披露目できるのを楽しみにしております。

ズェピア・エルトナム・オベローン個人として

―――では、ここからは演出家・ズェピアさん個人についてお聞きします。以前は演出家ではなくご本人も役者でいらっしゃったとお聞きしておりますが。

(ズェピア)ええ、基本的にはシェイクスピア等の古典を中心に役者もやっていました。

―――演目はやっぱり?

(ズェピア)やっぱり、という聞かれ方にも慣れました(笑)ご期待通り真夏の夜の夢で当たり役を得ましたよ。妖精王オベローンは8度程再演で演りました。その後は欧州で立ち上げた劇団を牽引して、心機一転身一つで日本に来た流れですね。あちらはもう自分のやりたいことは全てやってしまったので。

―――新しい市場開拓といったところでしょうか。日本に来てから精力的に活動されていますね。去年演出されたCATSアレンジ版も素晴らしかったですが、過去の『100万回生きた猫』アレンジ、『ライオンキング』アレンジも素晴らしい出来でした。

(ズェピア)ありがとうございます。しかしこの頃の初期作品はどうも主演の方の個人スキルに頼ってしまった感があってどうも演出した身としては恥ずかしいですね。




(シオン)観客にとっては良いのでしょうが、身内のほうは大変です。何しろこの人、欧州では自分専用の劇場まで持ってましたから、劇場を借りるという発想が無いんです。一日公演をしようと思ったら、ゲネプロの日・装置設置の仕込み期間・片付け、と数日間は場所代がかかるんですよ。そこを意識してくれない。基本的に採算を度外視した企画ばかり立ち上げるので、経理担当としては手綱を握るのに四苦八苦ですよ。なにしろこの人、例の『ワラキアの夜』、ですから。

―――欧州で活動されていた頃のあだ名ですね。

(シオン)ええ。数万人、街一つの観客を動員出来るほどの規模の企画を打っておきながら、上演はたった一晩だけ、とかとんでもないことをやってましたからね。ひと席ぶんのチケット代が恐ろしいことになっても尚、争って来て下さるお客様のおかげで採算は取れてやってこれましたが…『ワラキアの夜』は決して、舞台を見れたお客様が「良い夢を見た夜だ」とつけて下さったものじゃないんです。チケット争奪戦に敗れた多くの方が「何て酷い悪夢だ」って意味を込めてつけられた呼称なんですよ。不名誉な二つ名です本当に。 ホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですねホントもう二度としないで欲しいですね。


(ズェピア)シオン、シオン、並列思考が全部口から漏れているよ気をつけたまえ!

経理担当・シオンさんとの二人三脚

―――今回もシオンさんを悩ませる演出があるとか。

(ズェピア)派手なことをなにか盛り込みたいと思ってた時に、『朧の森に棲む鬼』を見たんです。あれ凄いんですよ、ラストシーンで舞台に滝が現れるんです。本当に水も流してて、浅瀬も出現して、その中で主人公の断末魔の咆哮が上がる。あれが羨ましくて、「シオン、ウチはラストシーンで燃やそう!!」って言ったら殴られましたね。グーで。

(シオン)だから海外の野外劇場じゃないっていう。石造りじゃないですからね、日本は。消防法を何だと思ってるんですかって。舞台上で松明一本燃やすのに物凄い費用と許可と書類の応酬があるんですよ!! ……でも結局話を聞いてみたら、該当シーンの大炎上は脚本の趣旨にも凄く合ってるんですよ。これはもう裏方が頑張るしかないなと。防炎クロスとシートの手配、各種許可や保険の契約に走り回る毎日です。

―――結局折れてしまったんですね。
(シオン)まず私がその演出を見たいと思ってしまいましたからね。才能に惚れてしまうとこうなるという悲劇です。渾身の演出が待っているので、劇場に来られたお客様は堪能すると同時にちょっとだけバックヤードのことも思い出してくださると嬉しいです。



―――裏方あってこその公演ということですね。頭が下がります。

(4月1日 三咲町某所にて)

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